猫轍守衛の偽業務日報

訳あって暇人やってる、その昔似非鉄道趣味者だったクズの毒吐きブログ。虎もライオンもデカい猫だけど、文句ある?

『Wii Music』もやらかしていたハンドカスタネット・教育用カスタネット=ミハルス説は何時からあったのだろう?

プロローグ〜きっかけはだいたい任天堂のせい〜

先日の任天堂コロプラの法廷抗争開始のニュースをきっかけに話題になったTwitterの「任天堂を許すな」ハッシュタグではないが、自分がこの記事を書くきっかけを作ったのはだいたい任天堂のせいだったりする。いや、だいたい『どうぶつの森』シリーズのアイコンのひとつである某キャラの歌というか曲に何故か自分の心が囚われてしまったせいといったほうが正しいか。
このエントリの内容は、自分が割と最近になって知った事ではあるが某音楽ゲームにまつわる文字通りの「任天堂を許すな」案件についてである。が、これについては日本の音大卒の音楽家の方々でさえ信じていた間違った説が流布されていた事に基づく過ちでもあるので一概に責めることも出来ないし、自分も長らくその説を信じてしまっていたのだからあまり人の事をとやかく言えない。寧ろこの件で"許すべきではない"のは当のゲームを創った任天堂のスタッフよりも日本の音楽専門教育界隈やクラシック音楽界隈、特にパーカッション方面の専門家の人達なのかもしれない。とは言えその方面も間違った説の流布を止めつつあるようで、情報のアップデートがまだな人は先ずはそれをしてもらえたら良い話である。何はともあれそのゲームに関しては今となっては当時関わったスタッフがそれに関する情報を既にアップデートされておられる事を願うしかない。

第1章〜『Wii Music』お前もだったか……〜

昨年末、自分は当初はスルーしようと決めていた『どうぶつの森ポケットキャンプ』を位置情報ゲーム『Ingress』のユーザーの縁で始めてしまったらガッツリとハマってしまい、これまでその名前は知っていても完全スルーしていたどうぶつの森シリーズのネタをネットでぼちぼち集めていくうちに、2008年に任天堂から販売された宮本茂氏プロデュースでとたけけの人こと戸高一生氏をディレクターに据えてWiiに相応しい"新しい"音楽ゲームを創ってみたら一部の層以外にはウケずにクソゲーもとい賛否両論認定を喰らった……という音楽ゲームWii Music』の存在をWiiが過去の物になった今頃になって知った。自分はWii含めた任天堂ハード機のみならずPS3以降のプレステ系もXbox系も自分の財布の都合もあって殆ど見向きもしてこなかったのでそんなゲームソフトが出ていたことすら知らなかったのだが。
その『Wii Music』であるが、ニコ動にUPされたプレイ動画の中にゲーム内で使用できる楽器一覧の部分を録画した動画があった。
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これの見所は所謂「黒い任天堂」なノリをこんなとこで効かせるかと言いたくなるようなよくも悪くもヒドいとしか言えない説明文。因みに発売前に任天堂公式サイトに掲載されたスタッフインタビューによると担当したのは『どうぶつの森』シリーズのスクリプト担当をされている和田誠氏とのこと。どう森シリーズの登場人物のセリフに色々とぶっ飛んだところがある事を考えたら腑に落ちる筈。
社長が訊く『Wii Music』Vol.2 開発スタッフ篇
しかしそんな『Wii Music』の楽器説明、1ヵ所だけ物凄く残念な部分がある。

それはカスタネットの説明文にてハンドカスタネット(ハンドカスタ)、または教育用カスタネットという名前で知られる打楽器の正式名称はミハルスであるという間違った説を採用してしまった事だ。写真は先程のニコ動の動画から該当部分のスクショを撮ったもの。
だが自分が今頃こんなエントリを書けるのも、2010年代に入ってハンドカスタネット・教育用カスタネットミハルス説は誤りであるという話が日本語圏のネット上で知られるようになったからでもある。実際、自分も2012年にUPされた以下のToggetterまとめやlastline氏のブログのカスタネットミハルスについてのエントリを昨年になってTwitter経由で知らなかったら今だにその説を信じてしまっている筈である。
Wikipediaソースでカスタネットがミハルスとなる瀬戸際 - Togetter
これが本当のミハルスだ! - Togetter
カスタネットとミハルスとハンドカスタネット - 最終防衛ライン3
赤青の板をゴム紐で括った木製打楽器は「ミハルス」か「カスタネット」か - 最終防衛ライン3
そしてこれらの記事を読むと、実は音大を出たような人達でさえハンドカスタネット・教育用カスタネットミハルス説を信じていた方々がそれなりにいたことが窺える。そりゃWikipedia日本語版のカスタネットミハルスの項目がそれに基づく内容になっていたのも無理もないし、『Wii Music』のカスタネットの説明文において文章を担当された和田氏はともかく任天堂ゲームのサウンドの一角を担ってきた戸高氏ですらその説の間違いに気付かなかったとしても仕方なかっただろう。ということはカスタネットミハルスに関する間違った説の流布問題は、もしかしたら音楽専門教育界隈やクラシック音楽界隈の問題だったのではないかと素人なりに疑念を持ち始めた。

第2章〜自分がミハルスの名前を知ったのは何時?〜

ところで音楽方面に関して素人な自分が雑学知識としてミハルスの存在というか名前を知ったのは一体何時なんだろうという疑問が沸いてきた。思い至るところがあるとすれば2000年代に自分がネットをやり始めてから仕入れた知識なのは間違いないのだろうが、自分が中学校時代を過ごした1990年代半ば頃に確か学校の図書室にあった音楽関連の事典を暇潰しにパラパラと見たような記憶が朧気ながら蘇ってきてまさかその時にではと思ったのである。
これはもうネットより図書館の出番だろうということで自宅から一番近い場所にある大阪府立中央図書館へ。そして1994年に音楽之友社より上梓された『新版 打楽器事典』(網代景介・岡田知之共著)ミハルスの項目があるのを見つけた。写真はそれの一部のコピーである。目立つように蛍光オレンジ色のマーカーで該当部分を囲ってみた。

そこにあったミハルスについての記述であるが、

軽量小型のカスタネット。木製の2枚の円盤がゴムひもで連結されていて, 子どもにでも演奏が容易なように考案されている。幼児のリズム教育用の楽器で, 千葉躬治の創意によるものである。

ゴム紐で連結された木製の2枚の円盤と書かれると、学校教育の場で使われる赤青2色のカスタネット(現行のものは必ずしもそんな塗装をしているとは限らないが)を連想してしまうのではなかろうか……
そしてカスタネットの項目部分のコピーがこちら。ここにハンドカスタネット・教育用カスタネットについての説明はない。


あと索引部分のコピー。もし教育用カスタネットやハンドカスタネット該の項目があれば自分が蛍光オレンジのマーカーで線を引いた部分にあった筈である。

因みにこの『新版 打楽器事典』の著者は、こんな方々である。

どうみてもこの本出した時点で日本におけるその道にとってはレジェンドだった方々ではないのかこれは。
なお、網代景介氏の名前でググると既に鬼籍に入られた身であるとの事。

"昭和54年7月14日、待望の第1回コンサートを開催以来、毎年一回の定期演奏会を無料で欠かすことなく実施しており、平成30年5月27日(日)午後に江戸川区総合文化センターで第40 回記念演奏会(オペレッタ こうもり全幕)を開催予定。指揮は、第1回目から代表・武田(現名誉代表)が担当しているが一部を網代景介氏(元NHK交響楽団打楽器奏者・故人)や草野保雄氏(旧東京銀行オーケストラ常任指揮者・故人)にもお手伝いいただいているほか、"

日本ヨハン・シュトラウス協会管弦楽団の生い立ちから今日までより

そしてもうひとりの著者である岡田知之氏についてググると、まだ御在命の模様。
岡田知之 (岡田知之打楽器合奏団 主宰) PEARL CONCERT ARTISTS
音楽鑑賞会・芸術鑑賞会の岡田音楽事務所
そうなると、レジェンドな方々による過去のちょっとしたやらかし案件というか事典の編纂当時に妥当な資料を入手出来なかった案件だったのかもしれない。でもミハルス考案者の千葉躬治氏の御子息は日本の音楽界隈にとってこれまたレジェンドな方である千葉馨氏との事だそうだが、彼がホルン奏者だったことで資料の協力先のリストから洩れたのだろうか?

"「ミハルス」 
昭和8年頃、千葉躬治(みはる)氏が創作。(長男は元N響ホルン奏者千葉馨氏。)日本古来から舞踊で使われる「四つ竹」やスペインのフラメンコ用のカスタネットをヒントにし、「四つ竹」や「カスタネット」のように両手に持ち、踊りながら音を出せて、しかも指にはめられるものを作り出した。(中指と親指に挟むようにはめる。)"

カスタネットとミハルス:音楽よしなしごと:So-netブログより

結局『Wii Music』のカスタネットの説明文のやらかしは、その道のレジェンドだった人達のちょっとした間違いが後に他のレジェンドな人達によるちょっとした間違いの連鎖を作ってしまった案件だったのかもしれない。
そしてオチとしては、結局自分がミハルスの名前をいつ雑学知識として仕入れたのか思い出せずじまいに終わった……

第3章〜もう少し時を遡って〜

取り敢えず1994年に上梓された『新版 打楽器事典』に掲載されたミハルスの項目の内容が、ハンドカスタネット・教育用カスタネットミハルスについての間違った説を誘発しかねないものであった事までは判った。しかしこの本、新版とあるからには当然"旧版"が存在しているはずである。
そこで再び大阪府立中央図書館を訪ね、書庫に音楽之友社の『打楽器事典』がないか司書の方に問い合わせてみたらあるとのことだったので、閲覧することに。
そして、この本にて既にミハルスの項目が掲載されていたのを見つけたのだった。内容も新版と同じだった。こちらも一部コピーを撮ってきた。

そして『打楽器事典』のカスタネットの項目。やはりハンドカスタネットや教育用カスタネットに関する説明はない。

『打楽器事典』には日本語索引がないので、本文中にその項目があるのかどうかはいちいち本文を見ないといけない。そしてやはりハンドカスタネット・教育用カスタネットの項目は存在しなかったのである。

因みに『打楽器事典』、本の奥付を見ると昭和56年に第1刷発行とある(『新版 打楽器事典』では西暦表示の1981年としている)。

ということは、ハンドカスタネット・教育用カスタネットミハルス説が広まって行く下地は日本でインターネットが普及する遥か前の1980年代前半に既に音楽方面の専門家の一部の間で出来上がってしまっていた可能性がある。

エピローグ〜探せばもっと出てきそうだが今は一旦ここまで〜

しかしこれだけだと、なぜ『打楽器事典』及び『新版 打楽器事典』がミハルスの項の内容をあのようなものにしたのかが謎である。因みにこの本は当時の国立音大が編纂に大きく関与したようで、それだけでも日本語で書かれた打楽器関連の書籍としては十分「権威」足りえた訳で、刊行から24年経った今でも実際それなりの内容を満たしているからか更なる改訂版も出ていない。そして音楽の専門教育を受けていない者にとっては雑学知識のネタ本として今でも十分使える。だからこそ厄介なのだ。その意味では例の音楽ゲームに関してはあまり売れなかった結果になって良かったねという皮肉を言わざるを得ない。
もっと資料をさがせばミハルスについての間違った説の更に古い事例も出てくるのかもしれないが、今の自分には残念ながらどうやらここまでのようなので、後は当エントリを話のネタにするなり焼くなり煮るなりなんなりとしていただければ……食えないかも知れないが。